お灸の件、追加

 横浜裁判について考えるきっかけとなった「ゴボウ」の件について。
 日本国内の捕虜収容所での出来事であれば横浜裁判で裁かれている可能性が高いだろうし、横浜市中央図書館なら地元での裁判であるから何かしら資料を持ってないかと思い、運動不足解消もかねて昨日、自転車で行ってきた。

 横浜裁判で検索をかけて見ると「BC級戦犯横浜裁判資料 茶園義男 編・解説」というのがヒットしたので書庫から出してもらった。いくつかの資料が収められているが、その中に横浜裁判一覧という手書きの書類をコピーしたものがある。
 番号がふられ、起訴理由概要、所属、階級、本籍、氏名、判決(判決日)、確認(刑の執行の確認と思われる)、弁護人の項目が表になっている。氏名の部分は一部黒塗りされていて●毛●治のような表記になっている。起訴理由は概要になっているので例えば「石毛事件」の部分は"東京第四支所長*1又警備員として勤務中抑留中の俘虜に対し虐待暴行を加え、又赤十字供憮品を横領せること"というようにかなり簡略に記されている。起訴理由の中にゴボウの件があったとしてもこの記述では判らないと思ったが、裁判の内容が一覧になっているのは便利だし、貸出可能だったので借りることした。

 他に資料がないかと横浜市史が置いてある開架の部分を見て回ると連合軍捕虜の墓碑銘 (Grass Roots 7)*2という本を見つけた。以前購入した陸軍墓地がかたる日本の戦争にも出てきた横浜市保土ヶ谷区にある英連邦捕虜の墓地に葬られた捕虜たちの消息を尋ね、各地にあった捕虜収容所について調査した本だ。
 著者の笹本妙子氏はPOW研究会*3の会員で多くの元捕虜の方々と親交のある人のようだ。ゴボウのエピソードが取り上げられていないかと、腰をすえて読んでいると東京俘虜収容所本所(大森収容所)について書かれた第三章でこの収容所で戦犯として裁かれた初代所長SU・K大佐についての記述を見つけた。彼は二代目所長のSA・K大佐と合同で347項目に及ぶ罪状をあげられているが、特に強調された項目の中に「効果もなく苦痛をともなうのに灸治療を指示したこと」*4という記述を見つけた。お灸を罪状項目に入れられていたのは石毛事件だけではないらしい。この本も借りることにした。

 閉館時間が近づいていたが、新聞を調ぺてみるかと思い、探してみると朝日新聞だけ昭和20年代の縮小版が開架に置いてあった。
 時間があまりないので20年と21年だけぱらぱらとめくって見ると昭和21年1月6日の第三面に次のような記事を見つけた。現代仮名遣いに改め、漢字も常用漢字に変更してある。人名はイニシャルにした。

お灸の実演
【横浜発】K公判第七日は午前九時開廷、前日に引きつづき大阪俘虜収容所長M大佐の証言が行われたが、前日二世通訳が翻訳出来なかった「お灸」のことからはじまり、M大佐は神岡船津両分所で○者が多かったので治療にお灸をK分所長に命じたところ、これを分所では「○○」にも使用していたことを聞きK中尉らに謹慎を申しつけたこともあったと証言。持参のもぐさを自分の左腕に据え、異様な法廷風景を描きつつ十一時半休廷。午後は一時半再開依然M大佐の証言を継続、船津神岡の○○、○○等について○問したが「日本では何度で○るか」という質問まであって言語風俗の相違が裁判の進行を妨げていることを如実にみせて午後三時閉廷

縮小版のコピーなので判読不明の部分は○で表記した。また誤字があるかもしれないので後で判読不明だった部分も含めて修正するかもしれない。

 ゴボウについて調べるつもりだったのだが、お灸についての追加事例を見つけてしまった。日本国内の捕虜収容所では灸治療がかなり頻繁に行われていたのかもしれない。「法廷の星条旗」の中でも「なお、実際にも灸が用いられたということから、それだけ収容所内での医薬品が欠乏していた状況がうかがえる。」*5と述べられていたが川崎、大森、神岡、船津といったそれぞれ離れた場所で同じような状況が発生していたということは、それだけ当時の日本が貧窮していたというべきか。

 また、朝日新聞の記事の最後の部分から言語風俗の違いが裁判に影響を与えているという見方がすでに出ていることを伺わせる。

 で、お灸を据えただけで戦犯にされた人物はいなかったというのが私の調べた範囲での結論である。最後の朝日新聞の記事に載っている人物だが、「BC級戦犯横浜裁判資料」の中で該当するとであろう事例*6での起訴理由概要は「昭17・5頃より岐阜神岡俘収所長として米軍俘虜不法虐待部下の犯行許容により自己の職責無視且怠る事に依り戦争法規慣習に違反」であり、虐待のみの起訴ではない。

*1:ママ

*2:参考文献の中に前記「BC級戦犯横浜裁判資料」が入っていた

*3:http://homepage3.nifty.com/pow-j/j/j.htm

*4:P111

*5:P202

*6:所属と判決日付からほぼ間違いない考える